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ヴィパッサナー瞑想に行ってきました

1月下旬から今日まで12日間千葉の瞑想センターに

ヴィパッサナー瞑想の修行に行ってきました。



実は2012年1月にも参加させていただいているのですが、

しかもその時も、なんと素晴らしいものなんだ!なんと真実を語っているんだ!

と感動したはずなのに

今回参加して、「うわぁ~。前回私は何を理解していたんだろう!?」って

自分に驚いてしまうくらい理解のレベルが違いました。

そのお陰で、ヴィパッサナー瞑想の本当の素晴らしさ、パワーに触れることが出来、

前回よりもずっと実りのある10日間の瞑想をすることが出来たように感じます。



ヴィパッサナー瞑想はその昔ゴータマシッタールダが覚醒した(仏陀になった)

その時に使用した瞑想法です。

実は仏陀の前にもこの瞑想法は存在したのですが、

やり方は忘れされらていてその当時のインドでは、誰もゴータマシッタールダに

その方法を教えることができなかったそうです。

自分の心の汚濁を完全に消し去ることを望んでいた彼は様々な師に師事したのですが、

最終的に苦労の末に、自分でこの瞑想法を再発見されたそうです。



彼が再発見したこの瞑想法の核心は

「現実をあるがまま観察する」心を鍛えるということ。

つまり、起きている現実に反応しないその心を育てるということ。

その為に、今までは「嫌なことが起きた!いやだいやだ!」と嫌悪したり、

「嬉しいことが起きた!嬉しい嬉しい。もっと欲しい!」と渇望したり

と反応しかしてこなかったことをすべて、客観的に観察するように瞑想していくのが

ヴィパッサナー瞑想です。


こう読むだけだとおそらく???って感じだと思うのですが、

ヴィパッサナー瞑想をすると、このことを自分の身体で体験できます。

そうすることでこの理解がすんなり腑に落ちるんじゃないかと思います。

頭による理解ではなく、自分の中で真実に気づく智恵として。



今回色々気付いた智恵を一つ一つを説明しようかと思っていたのですが、

なんだかとってももったいない。

ここで私のフィルターを通して曲がった理解をするよりも

ご自身で体験されて「ああ!」って分かった方が何万倍もパワフルな

結果を生みだすと思うのでここでは差し控えます。

是非体験なさってみてください。



今回、瞑想をしながら、かつゴエンカ師による講和を聞きながら

なんてバイロン・ケイティのワークと同じことをやっているのだろうか

と思いました。



起きている現実がどんなものであっても反応しない

つまり、

バイロン・ケイティの言うLoving What Is (現実をそのまま愛する)



反応(嫌悪、渇望)は、ワークの質問3番の質問です。

「もしもその考えがあったらあなたはどう反応しますか?」

そして、質問4「もしもその考えがなかったらあなたはどうなりますか?」

ワークでは、そこを瞑想をするように、頭で考えるのではなく、

実際に本当にその場で自分が信じている思考がない状態を体験します。

ヴィパッサナーでも同じことです。

ただ淡々と自分の身体の現実を観察し続けることで

ワークの質問4と同じことを体験します。

ヴィパッサナー瞑想では、置き換えはしません。

しかし、淡々と自分の身体の中に起きている現実を客観的に

観察し続けると、自らの中から智恵がほとばしり始めます。

その智恵は、ワークの置き換えをしているときに自らの中からほとばしる

智恵と同じものだと私には感じました。



「人は無知ゆえに苦しむ」と仏陀は言ったそうです。

無知とは、無学、無能ということではなくて、

「自分で真実を知るという体験をしていないこと」それが無知です。



例えば、「自分はたいした大学を出ていないから有名大学を出た人に

比べて私は劣っている」という思考を信じてしまっているとしたら、

その考えを信じていることにより、自分の可能性を限定してしまいます。

すごく興味のある会社でも「どうせだめだろうな」そう思って応募しなかったり、

惹かれる異性がいても「どうせ自分なんて」と思っているので話しかけさえしなかったり。



けれども、有名大学を出なかったら劣っているという知識は

そもそもどこから来たのでしょうか?

親の考えかもしれません。学校で先生が言っていたのを聞いたのかもしれません。

小説でそう嘆いている主人公のことばを読んだのかもしれません。

つまり、実際に自分が体験した知識というより

最初は誰かから「借りた」知識だったのです。



しかし、自分にとってもそれが事実であると信じたために、

自分の人生の中でもその知識が本当である理由を集め始めました。



自分で応募しなかったくせに、「どうせあんな会社受かりっこないんだよ」

「どうせ俺は三流大学出だからな。」とか言いだしたり。

自分で何も行動を起こさなかったくせに

「あんな素敵な人が私みたいな人を好きになるはずないよね。

だって私は頭も悪いし、才能もないし。」と言う風に、

最初は借りてきたはずの知識をどんどん自分のものにしていって

それは本当のことであると信じてしまう、それが私達です。



ここで一度もしていないのは、「本当にその考えが本当なのか」を

「自分で」「本当に」「調べる」ということです。



現実を主観的なフィルターなしに、客観的にしっかり見ながら

本当に絶対に三流大学を出ている人間は有名大学を出ている人間より劣るのか

はっきりと目覚めた状態で自分に聞いたことがないのです。



それをするのが、ヴィパッサナー瞑想であり、ワークであります。

本当にしっかり今起きている現実を見据えた時に

現実は驚くような事実を見せてくれます。



例えば、有名大学を出て一流企業に入った人が自分と同じように

コンプレックスを感じていることだったり、

(容姿に自信がないとか、出身地にコンプレックスがあるとか、)

素敵な結婚をしている人が必ず全員有名大学出ではないことだったり、

(有名大学出の人のみ、100%必ず幸せな結婚している。

そしてそうでない人は必ず100%結婚が出来ない。そんなわけないですよね。笑)

一流企業できらきらと働いている人が実は

高校しか出ていなかったり。



真実をよーく見始めると、今までみえていなかったことが見え始めます。

そうすると、私達はもう人の意見をただひたすら信じている、無知な存在ではありません。

自らの体験として真実を知っています。自らの智恵が自分を救ってくれます。

真実は、もっともっと大きくて優しいんです。




うーん。「無知ゆえに人は苦しむ。」

そんなことを25世紀前に発見した仏陀、偉大です。




さてさて、ヴィパッサナーの話に戻りますと、

今回ヴィパッサナー瞑想が前よりずっと深く理解できたのは、

恐らくバイロン・ケイティのワークのおかげだと思います。




もしもワークをしていなかったら、

ヴィパッサナー瞑想は具体的に思考に働きかけるわけではないので

ヴィパッサナー瞑想をし始めてすぐには内なる智恵に気づけないかもしれません。

単なるボディワークとしてとらえてしまうかもしれません。

私がそうだったように。



だから、ヴィパッサナー瞑想にバイロン・ケイティのワークが加わると強いな!

そう思いました。




そういえば2012年の1月のヴィパッサナーに行った後、

「この素晴らしい智恵と同じことをどこかで聞いたことがある、そうだバイロン・ケイティのワークだ」

と思い、ヴィパッサナー瞑想をまだ単なるボディワークとして捉えられていなかった私は

ワークを体験することで、違う方面からこの真実を学ぶことを選んだのだということを

瞑想中に思い出しました。(瞑想中はいろんな思考がやってきますね。)




それがきっかけで2012年3月に初めてワークのスクールに参加したのですが、

それから3年の月日が経ち、再度ヴィパッサナーに戻ったとき、

ケイティのワークのおかげで、

この瞑想法の本当のパワーに気づかせてもらえました。



起きていることには何の偶然はないのだとそう思った2015年の始まりでした。

素晴らしい体験に巡り合わせてくださった皆様に感謝して…。



日本ヴィパッサナー協会

↑このゴエンカ師の講和とても良いので読んでみてください。

字が小さいのでくじけそうになりますが。笑



バイロン・ケイティのワーク


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