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日本に帰ってきています

ご連絡が遅くなりましたが、日本に帰ってきていて、

セッションも再開しています。



みなさん、いかがお過ごしですか?



日本に帰国して1か月の間に色々なことがあり、密度の濃い日々を過ごしています。

そのどれも大切な出来事です。



そんな日々の中、先日こんなことがありました。


病院の会計で並んでいたところ、

後から来た女性が

素知らぬ顔で私の横に並びました。

そう、私の後ろではなく、横に並んだのです。


とっさに私の思考は反応しました。

「え?横入り?この人は自分のことしか考えられない人なのね!」と。


しかし、前の方の会計が終わったとき、その女性は

私に先にどうぞと手でジェスチャーしてくれました。


その時私は混乱しました。

何故なら、私の頭の中では「この女性は自分だけ良ければいいと思っている」

という思考がすでに確立していて、

そして彼女の表情を見たところ、「嫌だけど譲ってあげるわよ」という表情に

見えていたからです。



それなのに、急に私の予想と異なる行動を取った彼女の善行を

私は受け取ることが出来ず、

「大丈夫です。お先にどうぞ。」と彼女に順番を譲りました。


とっても矛盾していますよね。

私は彼女に横入りして私の順番を奪ったと怒っていたくせに、

私は自ら順番を譲ったのです。


その時、自分を観察しながら私は

自分でも、なんでこんなことしてるんだろう?

と不思議に思いました。


そして、

私は気付いたのです。

私は、自分が怒りつづけることが出来るように、彼女に順番を譲ったのだということに。


もしも、あの時私がありがとうございますと順番を譲ってもらっていたら、

彼女は私の予想に反して「良い人」だったことになってしまうと

私のどこかで恐れたのでしょう。

そうしたら、そんな彼女に怒った私は馬鹿みたいだし、

間違っていたことになります。


だから、「彼女は間違っている、ひどい人だ。」という

自分の考え方を守るために

「ふん!どうせ譲る気なんてないくせに!」という思考を選び

彼女の優しい行為を受け取りませんでした。



そうして、私は怒り続けることが出来ました。


しかし、なんと虚しい感じでしょう。


そして、それを私は観察して、ぜーんぶ手放しました。

というか、全部受け入れました。

いや、やっぱり彼女が間違っている とか

彼女に怒り続ける為に順番を譲るなんて私は小さい とか

そういう新しい考えに餌をあげることをやめたのです。

そして、次の瞬間に生きることにしました。


ただ、それだけのことでした。

私がそれ以上そのことに執着しなくなったら、

私は平和でした。


私を責める必要も、

私の物語(私のやったことは正しかったんだ!だって彼女が間違ってるのだから!)を守る必要も、

全くなかったのです。


私は、その物語を生きて、そして次の瞬間それに執着しないことが出来るのです。



そして私は気持ちよい秋の道を歩いて帰りました。



真実への願望とは、あなたが心の中に感じる餓え、渇望です。

その渇望が邪魔なので、あなたは様々な手段を講じてそれを

追い払おうとします。

これが理性とあなたが感じる渇望の関係です。

けれど渇望は、純粋な本質、純粋な存在以外のものでは満足しません。

もしあなたに、心の渇望にあれこれ差し出さず、

渇望からの逃げ道を求めるのを止める意思があるならば、

渇望は自ずと終焉を迎えます。

理性が「あそこへ行け、これをしろ、あれを試してみろ」と言っても、

あなたは耳を貸さなくていいのです。

あなたはもうすでに何度もあそこへ行き、あれやこれを試し、

それでも満足できなかったことに気付いてください。

今度はすべてを止めて、ただじっとしてごらんなさい。

すべての追求、正当化、言い訳を止めたとき、

思考にはどんな力が残っていますか?

すべてを止めたそのほんの一瞬のうちに、

あなたには、思考は思考に過ぎないことが分かります。

そして、その同じ一瞬のうちに、

あなたは真実の存在に気付くのです。

ガンガジ「ポケットの中のダイヤモンド」より






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テーマ: 生きること | ジャンル: 心と身体
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コメント

私も傷つけられることを恐れて、相手を疑ってかかることがあります。
自分の弱さからこう考えてしまうのでしょうか。

2013/11/19 (Tue) 13:29 | もみじ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

「ああ、私恐れているんだ。だから疑っているんだ。」

そんな風に気付けるなんてすばらしいことだと思います。

自分の弱さからこんなことをしてなんてダメな私!

そう思うと苦しくありませんか?

弱いのかもしれないけど、自分にはそんな風に反応してしまう

理由があることを認めて

まずはそんな自分を許すこと、そんな弱い自分でもOK!になることが

大切だなと私は思いますが、もみじさんはどう思いますか?

2013/11/19 (Tue) 21:27 | 田谷 あき #- | URL | 編集

弱い自分をok!
となかなか思えません…。
okと思っちゃいけないと考えていました。認めてもいいのでしょうか。

2013/11/19 (Tue) 21:54 | もみじ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

もみじさん、そうなんですよねー。

okと思っちゃいけない気がしますよね。

自分の中に存在していい自分としてはいけない自分を

私達は作って、ダメな自分をなるべく消そうとするから

苦しみを生むのではないかと私は思います。

これについては近々ブログを書く予定ですので

興味があったら読んでみてくださいね。

2013/11/20 (Wed) 12:50 | 田谷 あき #- | URL | 編集

ブロク楽しみにしています。

2013/11/23 (Sat) 03:30 | もみじ #- | URL | 編集

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