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探すのをやめたとき、愛はみつかる

今日の記事の表題は、バイロン・ケイティさんの本のタイトルですが、

先日、まさにこの内容のニュースレターがガンガジさんから送られてきました。




自己探求と探し求めること

探し求めることとは、何かを期待すること、何かに手を伸ばすこと、

自分の求めるものを与えてくれそうなものをみつけようと努力することです。


自己探求とは、すでにここにあるものを発見することです。

もしそこに活動というものがまだ存在するなら、

それは物体にというより源に向けられます。


私達は自己探求を、探し求めることにしてしまうことが出来ます。

自己探求を何かを得るために行うと、自己探求は、探し求めることに変わるのです。


けれども、純粋な自己探求は、

外側に向かって考えることをやめることを自分から望むところにあります。


思考とは通常、生き残るための情報を得ることです。

その非常に自然な人間が本来持つ衝動を覆し、

ここで何が起きているのか、自分が何を経験しているのか、

その真実をただ述べることによって、あなたは自分を発見することが出来ます。



Self Inquiry and Searching

Searching is looking for something, reaching for something, trying to find what you think will give you what you want.

Self inquiry is discovering what is already here. If there is still activity it is directed toward the source rather than objects.

We can make self inquiry a search. We can do self inquiry to get something, and then it becomes searching.


But the purity of self inquiry is in the willingness to stop the outward flow of thinking. Thinking is normally about gathering information for survival. By overriding that very natural instinct, and simply telling the truth about what is here, what you are experiencing, you discover yourself.





翻訳は難しいですね…。

私は自己探求の手段で思い浮かべたのは、バイロン・ケイティのワークですが、

他にも色々な方法がありますよね。



そして私にも覚えがあります。

ワークをしながら、楽になろう、楽になろうとしていたことを。

ワークはただ単に真実を待つこと。

みつかる真実はエゴの方の自分の望む真実ではないことが多いのですが、

本当の真実を受け入れることが出来た時、

本当の自分はとてもスッキリします。



その本当の自分の感覚を思い出すのが自己探求かなと

思っています。



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