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視力のワーク ~「私の目はよく見える!」

今日はあまりに目が疲れていたので、公園に行き木々の中で眼鏡を外してみました。
すると今まではっきりと見えていた木々の葉の境界がぼやけて、全部くっついてしまったように見えました。

その時、私は悲しくなりました。
「ああ、私の目ははっきりと見えないんだ。」と。

そして、どうして私の目ははっきりと見えなくてはいけないと私は思っているのだろう?と疑問に思い、ワークを始めました。

「私の目ははっきりと見えるべきだ。本当ですか?」

はい。

「私の目ははっきりと見えるべきだ。それが本当であると絶対に言い切れますか?」

いいえ。

「私の目ははっきりと見えるべきだ。その考えを信じるとき、どんなことが起こりますか?どう反応しますか?」

見えないことに悲しくなる。ああ、私の目はもう見えないんだ、かつての力を取り戻すことはないんだ、そう思うと、取り返しがつかないことが悲しくて、どうしようもない気持ちになる。無力感を感じる。同時にどうにかしてその力を取り戻すことが出来ないのかと必死にもなる。現実と戦う。

「私の目ははっきりと見えるべきだ。その考えがもしも全くないとしたらどんな風になりますか?」

リラックスできる。目が頑張ってくれていることに気付ける。今見えている範囲に感謝できる。

こんな感じでワークを一人森の中で行っていたら、ふと気づきました。
(こんな風に直後に気付くことが、ワークをしているとよくあります。)

私は視力が悪いことを、「目がよく見えない」ということばで表していたのですが、
私の目は実はちゃんと見えていることに。

ピントが合わずぼやけてはいますが、遠くまで私の目はちゃんと見えていました。
はっきりとは見えなくても、目は見えているのです。

そう思ったら、目に悪いことをしていたなぁという気がしました。
目はちゃんと見えているのに、「私の目はよく見えない。」そうレッテルを貼ってきたからです。

ピントが合わなかったら目は見えていないの?
そんなことはないようです。
目は私にちゃんとなにかを見せていました。

私の目はよく見える!

それは、これまでの私の中にない考えでした。

こんな感じで、状況は何も変わっていないけれど、ワークの前と後で私の中の目に対する思考が変わりました。
いつもながら、自分を知ることは自分を楽にさせてくれるのだなぁと実感したのでした。

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2012/05/11 (Fri) 03:33 | まとめwoネタ速neo
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